採用の仕事をしていると、繰り返し直面する課題があります。
クライアントから、「今まさにその仕事をしている人を紹介してほしい」と求められることが非常に多いのです。
書類上は、これ以上ない合理的な依頼です。
システムズエンジニアを採用したいのであれば、現職でシステムズエンジニアをしている人に声をかけるのが一番確実に思える。当然の発想です。
しかし、実際に候補者にお声がけする場面になると、こんな会話になりがちです。
「〇〇様、システムズエンジニアとしてのご経験を拝見しました。弊社クライアントが同様のポジションを募集しております。給与水準も現在と大きく変わらず、お客様も同じく日産様。製品領域もかなり近いものです。ぜひ一度、お話しできませんでしょうか。」
正直に申し上げれば、ここで候補者がこう感じたとしても、無理はないと思います。
なぜ、転職する必要があるのか。
役職は同じ。
仕事の内容もほぼ同じ。
顧客も同じ。
給与もほとんど変わらない。
決して悪い話ではないかもしれません。
しかし、本当に動く価値のある話と言えるでしょうか。
キャリアにおける「ストレッチ」という考え方
長年採用に携わる中で、Lou Adler氏から学んだ考え方の一つに「キャリアストレッチ」というものがあります。
考え方自体は非常にシンプルです。
優秀な人材ほど、そして特に今すぐ転職を考えていない人ほど、純粋な横移動では動きません。
新しい機会には、総合的に見て「今より良い」と感じられる何かが必要なのです。
それは必ずしも給与とは限りません。
ストレッチは、例えばこういった形で生まれます。
- より広い責任範囲
- リーダーシップに触れる機会
- より戦略的な業務への関与
- 顧客との直接的な接点
- グローバルまたは広域での業務範囲
- 長期的な成長余地の大きさ
- 柔軟性のある働き方
- より魅力的な製品領域
- 新しいスキルが身につく経験
要するに、その機会がキャリアを前に進めるものなのか、それとも横にスライドさせるだけのものなのか、ということです。
すべての横移動が「ただの横移動」とは限らない
一方で、すべての転職に昇進や大幅な年収アップが必要というわけでもありません。
例えば、次のような状況であれば、
- 今の職場環境が健全ではない
- 残業が常態化し、持続可能ではない
- 通勤負担が生活の質を下げている
- 異なる企業文化を経験したい
- より将来性のある製品領域に移りたい
- シンプルに環境を変えたい
書類上は横移動に見える転職でも、実質的には大きな前進になっていることがあります。
キャリアストレッチとは、具体的にどういうものか
ここからが、実際に役立つ部分です。
求人をご紹介すると、最初のリアクションとして、こうした声を聞くことがよくあります。
「私はADASのエンジニアなので、コネクティビティのことはわかりません。」
「私はソフトウェアエンジニアであって、システムズエンジニアではありません。」
「ずっと技術一筋でやってきたので、テクニカルセールスはイメージが湧きません。」
「チームリーダーの経験はありますが、マネージャーとなると、まだ早い気がします。」
実は、その「ためらい」こそが、キャリアストレッチの入り口であることが多いのです。
ストレッチとは、まったく経験のない仕事に飛び込むことではありません。
これまでの経験の大半は活かせるけれど、一部に新しい挑戦が含まれている。そういう状態を指します。
具体的には、
- ADASからコネクティビティへ領域を広げる
- ソフトウェアエンジニアからシステムズエンジニアへ移る
- 技術職からテクニカルセールスへ転身する
- チームリーダーから正式なマネージャーになる
- 一機能ではなく、製品全体を担当する
- 開発の一工程ではなく、RFQからSOPまで通しで関わる
- 技術的な実務にとどまらず、事業面・戦略面の責任も持つ
こうした変化に伴う不安は、成長余地があることの裏返しでもあります。
問うべきは、
「この仕事を、過去にそのままやったことがあるか」
ではなく、
「これに成長して取り組めるだけの土台が、自分にあるか」
という問いです。
では、「背伸びしすぎ」とはどこからか
もちろん、すべてのストレッチ機会が正解とは限りません。
健全なストレッチは、自分を快適圏の外に押し出してくれるものです。
しかし、成功が現実的に見えないほどの飛躍は、ストレッチとは呼べません。
判断の目安はシンプルです。
役割の大半は自信を持ってこなせるけれど、一部の領域で成長が必要。そのバランスであれば、たいてい健全なストレッチです。
健全なストレッチの例
- 初めての正式なマネジメント職
- 顧客責任範囲の拡大
- 隣接する技術領域への挑戦
- より大規模なプロジェクトの担当
- グローバルなステークホルダーとの業務経験
過度なストレッチの例
- 活かせる経験がほとんどない職種への転向
- 土台となる経験がないまま、大きなリーダー責任を担うこと
- 期待値もサポート体制も不明確なポジションへの転職
成長と混乱は、まったく別物です。
最後に
振り返ってみると、本当に良かったキャリアの転機は、必ずしも快適なものではありませんでした。
むしろ、そこにこそ意味があるのだと思います。
今やっていることと寸分違わない機会は、安全ではあっても、自分を前に進めてはくれません。
逆に、「ちょうどいい難しさ」を感じる機会の中にこそ、成長のきっかけがあります。
大切なのは、健全なストレッチと、無謀なリスクを見極めることです。
もし、ある求人のすべての要素について、自分が100%対応できると感じるのであれば、一度立ち止まって、こう問いかけてみる価値があるかもしれません。
この転職は、本当に自分のキャリアを前に進めてくれるのだろうか。